印刷工場の求人には「有機溶剤作業主任者歓迎」という一文がよく出てきます。この言葉だけ見て、「なんだか危なそう」と応募をやめてしまう人は少なくありません。
実はこれ、溶剤を扱う工場には専門の管理者を置くことが法律で決まっている、という意味の言葉です。危険を放置しているどころか、対策をきちんと取っている工場だからこそ求人に書ける一文です。中身を知らないまま候補から外すのはもったいない仕事でもあります。この記事では、印刷工場で実際に何をするのか、におい・機械の心配はどこまで本当か、給料の目安、あると得する資格までを公開情報から整理しました。
印刷工場の仕事内容ざっくり早わかり
まず全体像から。
- 印刷工場の仕事は、製版・印刷・断裁・製本・検品という工程に分かれています。中心になるのは印刷機を操作する「印刷オペレーター」という職種です。
- インクや溶剤(有機溶剤)を使う工程はありますが、換気設備や資格者の配置など、法律で決まった対策があります。
- 「きつい」と言われる理由は、におい・機械の音・重い紙束の運搬・立ち仕事・交代勤務です。
- 時給はだいたい1,000〜1,700円くらいと幅があります(2026年7月時点・複数の求人サイトから)。
- 未経験でも入れる求人が多く、有機溶剤作業主任者やフォークリフトの資格があると任される仕事の幅が広がりやすいです。
製版・印刷・断裁製本・検品の4つの工程
印刷工場の作業は、求人サイトや業界の解説を整理すると、次の4つに分かれます。
- 製版:データを実際に印刷できる「版」にする工程です。印刷前の最後のチェックポイントで、ここで直せるのが最後というくらい大事な作業です。
- 印刷:日本で広く使われているのがオフセット印刷です。大きな印刷機に版とインクをセットし、決められた品質のまま大量に刷ります。食品や日用品のパッケージなどでは、シリンダーのくぼみにインクを入れる「グラビア印刷」も使われます。
- 断裁・製本:刷り終えた紙を「断裁機」で決まったサイズに切りそろえます。本や冊子にする場合は、紙を折ってページ順に並べ、のりやホチキスなどでとじる「製本」の工程も入ります。
- 検品・梱包:キズや汚れ、刷りミスがないかを確かめ、種類ごとに分けて箱詰めします。
厚生労働省の職業情報サイト「job tag(ジョブタグ)」にも、印刷オペレーターや製本オペレーターといった職業のページがあります。印刷オペレーターは、作業指示の確認からインクや版の準備、印刷、仕上がりの確認、機械の清掃までを担当する仕事です。担当する工程によって、機械の操作が中心の作業もあれば、検品や梱包のように手作業が中心の作業もあります。
入るのに必要な資格や学歴は、特に決まっていないのが一般的です。job tagでも「特に学歴や資格は必要とされない」とされていて、採用後に基礎教育とOJT(実際の作業をしながら覚えること)で技術を身につけていく形が多く見られます。一人前になるまでには3年ほどかかるとも言われる、覚えることが多い仕事でもあります。
インクのにおいと機械、実際どのくらい危ない?
心配されがちなのが、インクや溶剤のにおいと、機械に手を挟む事故です。ひとつずつ確認します。
インクの有機溶剤について多くの印刷インキには、シンナーのような有機溶剤(そのままだと蒸発しやすい液体の薬品)が含まれています。濃度が高い状態で長く吸い続けると、頭痛やめまい、皮膚のかゆみなどが出ることが知られています。
このリスクがあるからこそ、法律で対策が細かく決まっています。有機溶剤を使う作業場は「有機溶剤中毒予防規則」という法律の対象になり、会社側には、換気のための設備を置くこと、専門の講習を受けた「有機溶剤作業主任者」を選ぶこと、6か月に1回は体の検査(特殊健康診断)をすることが義務づけられています。冒頭で紹介した求人の一文は、この義務を守っている工場だからこそ出てくる表現です。最近は、溶剤を減らした水性インキに切り替える工場も一部で出てきています。
機械の事故について厚生労働省の集計では、製造業でもっとも件数が多い労働災害のタイプが「はさまれ・巻き込まれ」で、令和5年(2023年)は6,377件でした(印刷工場だけに絞った件数ではなく、製造業全体の数字です)。国はこれを受けて、令和5〜9年度の計画で、機械によるはさまれ・巻き込まれの被害を令和4年を基準に減らす目標を掲げています。実際に起きた事例では、機械を清掃している最中に、完全に止まったことを確認しないまま手を入れてしまい、巻き込まれるケースが報告されています。裏を返すと、「電源を切る」「完全に止まったことを確認してから手を入れる」という基本の手順を守れば防げる事故が多いということでもあります。
なぜ「きつい」と言われるのか
理由は主に5つあります。
1. インク・溶剤のにおい工場内ににおいがこもりやすく、慣れるまでつらいと感じる人がいます。換気設備の設置は法律上の義務ですが、においそのものをゼロにはできません。
2. 機械の音大型の印刷機は稼働音が大きめです。厚生労働省の基準では、大きな音がする作業に長く従事すると、耳への負担が増えるとされています。耳栓やイヤーマフ(耳をおおう防音具)を使う現場が多いです。
3. 重い紙束・ロール紙の運搬印刷物の紙束やロール紙は重く、運搬や積み下ろしが腰の負担になることがあります。フォークリフトや台車で運ぶ工場もあり、そこは体の負担が軽くなります。
4. 立ち仕事・同じ作業のくり返し印刷や検品は、立ったまま同じ動きをくり返すことが多い作業です。体力よりも、集中を切らさないことに疲れを感じる人もいます。
5. 交代勤務(工場による)納期に合わせて機械を止めずに動かす工場では、交代勤務や夜勤になることがあります。すべての工場が交代勤務というわけではなく、日勤だけの求人もあります。
逆に、働きやすいと感じる人もいる
一方で、印刷工場には向いている人もいます。
- 断裁・製本のあとの検品や梱包など、力仕事が少ない工程があります。データを画面でチェックする製版の工程は、オフィスに近い環境で体力的な負担がさらに軽いという情報もあります。
- 決まった作業を一人で進める場面が多く、人との関わりが少なめの仕事を探している人には向くという声があります。
- 印刷機の操作や色の調整などは、覚えるほど任される作業が増えます。国家資格の「印刷技能士」もあり、働きながら目指す人もいます。
「印刷工場 きつい」と検索されることもあります。理由としてよく挙がるのは、におい、音、重さ、交代勤務です。担当する工程しだいで負担は変わるので、自分がどれを苦手にするかで合う・合わないが決まります。
時給はどれくらいもらえるのか
雇用の形と作業の内容で幅があります。複数の求人サイトを見た範囲では、次のようになっています。
| 雇用の形・作業 | 時給の目安 | 補足 |
|---|---|---|
| パート・アルバイト(印刷オペレーター・検品など) | だいたい1,000〜1,300円くらい(都市部はさらに高いことも) | 未経験OKの求人が多い |
| 派遣(印刷機の操作など) | だいたい1,250〜1,700円 | 交代勤務の求人が多め |
| 契約・正社員(月給) | だいたい20万〜30万円くらい | 会社や経験で幅が出る |
※2026年7月時点。タウンワーク・求人ボックスなど複数の求人サイトの掲載情報から。集計のしかたはサイトで違うため、あくまで目安です。
年収の目安としては、印刷オペレーターという職種で、だいたい350万〜440万円くらいという数字が出ています(求人サイトが賃金構造基本統計調査という国の調査をもとに紹介している目安)。年代が上がるほど高くなる傾向があり、40代で410万円台という数字もあります。ただしこれは経験を積んだ人も含めた目安なので、パートや未経験のうちはこれより低いのがふつうです。金額は変わるので、気になる職種はjob tagなどの公式で最新を確かめてください。
夜勤があると、給料は上がりやすくなります。夜22時から朝5時の時間帯は、いつもの時給に25%以上を上乗せすると法律で決まっているからです(労働基準法)。これは「深夜手当」と呼ばれ、パートやアルバイトにも当てはまります。会社が独自に出す夜勤手当がつくこともあります。
資格はいるの?あると得する資格2つ
印刷工場は、資格がなくても入れる求人が多いです。ただし、インクや運搬を扱う仕事なので、資格を持っていると採用や任される仕事の幅で有利になりやすいです。
| 資格 | どんな役割か | 取りやすさ・費用の目安 | 使いどころ |
|---|---|---|---|
| 有機溶剤作業主任者技能講習 | 有機溶剤を扱う作業場に必須 | 18歳以上。2日間。約1.2万〜1.7万円 | グラビア印刷など溶剤を使う工程で必要 |
| フォークリフト運転技能講習 | フォークリフトの運転に必須 | 18歳以上。2〜5日ほど。約1.4万〜4万円(未経験の最長コースは4万円台になることも) | 資材や完成品の運搬で役立つ |
有機溶剤作業主任者は、インクを薄めるシンナーなど有機溶剤を扱う工場で必要になる資格です。グラビア印刷のように有機溶剤を使う工場では、この資格を持つ人を必ず置くことが法律で決まっています。講習と修了試験を受ければ取れる資格で、大きな学科試験のような難しさはありません。
フォークリフトは、資材や完成した印刷物を運ぶ工程で役立ちます。18歳以上なら経験がなくても受けられ、印刷工場だけでなく多くの工場で役立ちます。くわしくはフォークリフト免許の取り方にまとめています。会社によっては、入社後に受講費用を出してくれるところもあります。
担当する工程に有機溶剤があるかどうかで、まず取る資格を決めるとよいです。溶剤を使う工程なら有機溶剤作業主任者、運搬が多い工程ならフォークリフトが取りやすい入口になります。
未経験・女性・年代で気になること
未経験印刷工場は未経験から始めやすい仕事です。求人でも「未経験歓迎」が多く見られ、入ってから資格取得を勧める会社もあります。受講費用を出してくれる場合もあります。
女性断裁・製本のあとの検品や梱包など、力仕事の少ない作業を中心に、女性も働いています。データを画面でチェックする製版の工程は、体力的な負担がさらに軽いという情報もあります。印刷業だけにしぼった女性の割合を示す公的な数字は見つかりませんでしたが、経済産業省の調査によると、製造業全体の女性比率は中小企業で42.5%、大企業で22.9%というデータがあります(調査によって幅があります)。女性が働いているか、更衣室などの設備が整っているかは、面接で聞いておくと安心です。
年代求人票に年齢制限をつけることは、法律で原則として禁止されています。印刷会社の求人紹介では「40代活躍中」といった例も見られます。年齢だけで応募をあきらめる必要はありません。
応募前にここだけはチェック
印刷工場は、同じ会社でも配属や工程で働き方が変わります。応募する前に、次の点を求人票や面接で確認しておくと、入ってからのギャップが減ります。
- どの工程を担当するか(製版、印刷、断裁・製本、検品など)
- 有機溶剤を使う工程か、換気設備や有機溶剤作業主任者がいるか
- 重い物を扱うか、フォークリフトで運ぶか
- 勤務の形(日勤だけか、交代勤務・夜勤があるか)
- 安全教育や保護具(耳栓やマスク)があるか
- 雇用の形(正社員・契約・派遣・パート)と、正社員になる道があるか
- 時給・月給と、夜勤手当・資格手当などの手当
- 資格の取得を会社が支援してくれるか
冒頭の「有機溶剤作業主任者歓迎」のような一文も、対策の仕組みを知っていれば不安の材料ではなく安心の材料に変わります。気になる点は、遠慮せず聞いておきましょう。
次にやること
印刷工場は、版を作り、刷り、切りそろえ、とじる仕事です。インクの有機溶剤や機械のはさまれには注意が必要ですが、その分だけ守る仕組みも法律で整っています。きつさは工程しだいで変わり、力仕事の少ない担当もあります。最後に、今日からできることをまとめます。
- 自分が「におい・音・重さ・交代勤務」のどれを苦手にするか、まず考えてみる。工程しだいで負担は変わります。
- 求人を1〜2件開いて、「担当する工程・勤務の形・時給・資格支援」の4つを見てみる。書いていなければ、確認する候補としてメモする。
- 資格で有利にしたいなら、まずフォークリフト免許の取り方を読む。ほかの業種と迷っているなら、工場の業種別 働きやすさ比較で負担の中身を見比べる。
「印刷工場は危ない・くさい」という言葉に、ひとまとめで不安になる必要はありません。中身を知って、自分に合うかを確かめれば、判断できます。まずは求人を1件、この目で見るところから始めてみてください。
